ずっとお慕い申しております。ずっとお慕い申しておりました。
いえ、これは決して恋慕などではないのです。敢えて云うのならば敬愛。ですが私は焦がれております。眠りの無い身で貴方様を夢見、眼玉の無い身で泣いておりました。
しかしこれも此の夜で終わる事。否や否やと云うつもりはないのです。何を今更。私というものが生まれ出でた其の時に、もう全ては決まっておりました事。とっくに覚悟など出来ておりました事。ですから、今更否や否やはないのです。ただ名残惜しいだけなので御座います。
嗚呼、今、百年と幾夜を越えて、刃が大蛇の大首に振り下されようとしています。
ですが、こうしてただ陰にて想う事しか出来なかった(嗚呼、もう過去形にしてしまうしかないのですね。私は過去にあったものになるのですから)このなまくらの身を、もしも哀れと思って下さるのならば、どうぞ、どうぞ、ほんのひと刹那、想う時を下さいませ。
百年前の彼の夜が、私にとって始まりの時でもあり、終わりの夜でもありました。未だ生まれぬ私は、ただただ、じぃっと貴方様の白の御身が紅へと染め替えられていく様を見ておりました。
私に眼玉はありませぬが、瞼を閉じれば(確か、人間はそう表現するのでしたね)水面に影が映るが如く、あの時の貴方様の御姿が心の内に揺らめくので御座います。
あなや不思議な事、我が所有者は臆病者では御座いましたがそれはそれは大層強い人間でありました。その人が歯も立たないあの八ツ首の大蛇をたったお一人で相手取る貴方様は、真、不可思議な力で護られておりました。大蛇のあぎとを樹木が遮り、その禍々しい口から吐かれる炎を、毒を風が掻き消し、其処にあるのは血みどろの取っ組み合いのはずでしたのに、ひらりひらりと疾駆し、飛びかかる貴方様は大層お美しくありました。
嗚呼、何と美しい事。
嗚呼、何と哀しい事。貴方様の白が紅に変わる。私はどうすれば良いのですか。私はどうすれば、貴方様を守れますか。大蛇よ。噛み砕くのであらば我が身に牙を立てるが良い。血なぞ流れぬこの身などくれてやる。だからどうかどうか。嗚呼、何故、私は叫ぶ事すら出来ないのか。
叫びたい想いを溢れ出させるように、私は私として生まれました。
ぶん、と大きくうねった大蛇の首が貴方様を打ち据えます。貴方様のか細い声が私を打ちます。
慈母よ。どうか我が身をお使い下さい。砕け散ろうとも大蛇の劫火に溶け崩れようとも、私は、貴方様を守りたいのです。
慟哭。悲鳴。いや、そんなものでは無い。それは高く豊かに響く声。
暗雲払われ、月が呼ばれ、そして、私に届く声。
私に届いた声。
あの時の喜びを、どう表現したら伝わるのでしょうか。私は貴方様を守りたいが故に生まれ出で、そして許されたのです。なのに貴方様はお亡くなりになってしまった。私に守る事を許して、守らせて頂けないなんて。あの時の苦しみを、どう表現したら伝わるのでしょう。
敵を切り捨てるは誉れなれど、そんなものは朧。貴方様がおられなくば意味など無いのであります。ただただ、私は貴方様を守る為にあるのでありますから。
すっかり紅く濡れてしまった貴方様を、我が所有者がそっと抱きかかえます。貴方様のその黒くきらきらと光る眼で見て欲しかったのに、光はぼんやりと弱く。それがとても哀しい。
我が所有者は歯の根も合わぬ程にがちがちと震えているくせ、腕だけは微動だにさせず、おっかなびっくりといった風でそれでも、未だ流血も治まらぬ身など知らぬのだと引きずる足で大急ぎで、喜ばしいはずの帰路を急ぎます。
神木村に着くと、村人達が集まっておりました。彼らは我が所有者を見ると、一様にぱぁ、と顔を輝かせました。そして、その顔が一様に八ノ字に歪みます。
我が所有者の腕の中、白野威、大蛇の使いを忌み嫌われた貴方様の紅く染まったその御姿。貴方様を取り巻く村人の輪から、最も老いた人間が歩みよりました。人間は、何かを云おうと微かに口を開き、結局閉じ、ただ一度、貴方様の頭を撫でました。
わん。
微かな、微かな、弱々しい声。そして貴方様は眼を閉じてしまわれました。あの時の悲しみを、どう表現したら伝わるのでしょう。
百年間、私は待ち続けました。
私がこうして大蛇を封じていれば、いつか貴方は眼を覚ますのだと、そしてその時こそ私は生まれた意味を果たす事が出来るのだと、ただただ、焦がれ待ち続けました。
大蛇の腹に呑まれて幾夜、私は待ち続けました。
貴方様の黒くきらきらと光る眼に焦がれ待ち続けました。
嗚呼、大蛇の腹が裂かれます。百年前、貴方様を守る剣としての役目を終え、百年間、大蛇を封じる役目を終え、そして此処から出でた時、私は大蛇を抑える喉の小骨の役目を終えます。それでもそれでも、私は貴方様に再びお目に掛かるその刹那に焦がれ、待ち続けたのです。
不快に温かな暗闇に光が割り込んできます。
わん。
微かな微かな、されど決して弱々しくない柔らかな声がしました。
そして私は知ったのです。暗闇を押しやる光は外からのものではない事を。私は、役目を終え生を止めるはずの私は、再び許されたのだという事を。
「いつもみたいに笑ってよ!
そんな顔をしているから、妖怪さんが寄ってくるんじゃない。
さあ、笑って!毎年、稲刈りを手伝ってくれる時のように笑ってよ!」
陽光の様に幸せな声が聞こえます。
笑って下さい。慈母よ。守ります。守ってみせます。二度と貴方様に血を流させるような事は致しません。ですから慈母よ。笑って下さい。
幸せな笑み。守れた笑み。頭上にて笑むのは百年前と同じ月、されど悲しい光は投げかけないで、ただただ優しい月。
つくよみ
しょっぱな捏造月呼(武器)。
オープニングとヤマタノオロチ戦の所だと思って下さい。戦闘後にスサノオに
「笑ってよ」というクシナダの台詞が大好きです。あそこで笑ってくれるスサ
ノオを素で格好いいと思いました。
ハンカチ何枚あっても足りないゲームだぜ。
2007.01.19. つきをよぶ、つきによばれる、あなたのためにつきをよぶ