朝は嫌い。眠いから。布団から出たくないから。そろそろ寒くなってきて、ああ、私からこの温かな楽園を剥ぎ取らないで。
 朝は好き。綺麗だから。始まれば何か良い事が起こる気がする。朝ご飯を準備する音が、匂いが幸せな感じがする。

大切だと言う事は
良くない事でしたか





 あの人の作った目玉焼きが、私はとても好きです。黄身は半熟で、その上にかかった膜は中を透かして見事なピンク色で、でも裏は焦げていないのです。私が作ったものはそうはいきません。焦げ目がついて黄身も固いのです。
 あの人は少し前から五穀米やら、麦飯やらに凝っていて、外に出て食べる昼以外はいつもそれです。白米よりも栄養があるそうで健康にも良い、と。それに食べてると、とても健康になる気がする、と。そういえば最近、すごく調子が良い気がする、そう言うと、それはそんな気がするだけだ、と言うのです。良い事だ、と言うのです。
 昨夜の残り物をレンジで温め、目玉焼きを焼いて(女として恥ずかしい事に、私は料理が苦手なのです。目玉焼きは焦がすし、玉子焼きはもっとひどい)、ミルクと砂糖を大量に加えたコーヒーを淹れます。テレビをつけて今日の占いを見ます。
 ああ、苦い。やっぱり焦げた物は美味しくない。
 粉チーズをいつもより多めにかけて、ろくに咀嚼もせずに胃袋に流し込んで、
『続いて、今日の残念さん達‥‥』
 1位から6位までに、自分の星座が呼ばれなかったのでチャンネルを消す。美味しく食べたい朝ご飯はとても美味しくない。
 思えば、私にとってはあの人が全てだったのでしょう。あの人が全てなのでしょう。

「あまり依存しないで欲しいんだが。私には少々息苦しいよ」
 野球中継で目当ての番組が潰されたのか、テレビのチャンネルをぱっ、ぱっ、と切り替えながらあの人は言いました。
「ごめんなさい。でも」
 私は反論しました。そんなつもりはなかったのです。ただ、私はあの人の為を思って、そしてそれがあの人には「依存」に取れてしまっただけなのでしょう。
「君は結構、独占欲が強いタイプに思えるね」
「そんな事無い。私は」
 そんな事は無い。そんな事は無い。私は独り占めなんてしないわ、縛ったりなんかしないわ。ただ、そう言いたくて。ただ、息苦しいという言葉が痛くて。
「そんな事は無いわ」
「ん、なら良い。ごめんよ、きつい事言った。何か君、よほど焦がれているようだよ」
 何を言うのでしょう。これはそういうものではないのです。私達は親友で、思い合うのは間違っていないでしょう。あの人はそうは思っていない様子で、ただ反論だけはせずにテレビの方を見ていました。

 ごめんなさい。ごめんなさい。そういえばそうでしたね。
 私が片想いしていた人に彼女がいると知って、私は真っ先にあの人に泣きついた。やっと出来た恋人に振られた時も、私の指はあの人の袖を掴んで放さなかった。
 コーヒーカップも、皿も、箸も、色違いの物にして。何でもない物を買ってはあの人に渡した。それはシャープペンシルとか500ミリリットルのジュースとかマニキュアとか安い物で。(でも、それは結局私の好きな物で、あの人の好きな物であった事なんてなくて)
 ああ、苦い。目玉焼きを舌に乗せる。苦いのは心。
 今になって分かっています。私はあの人を「同じ」にしたかったのです。黒ばっかり着ないで明るい色の可愛らしい装いをして、私が好きな物を「私も好きだ」と思って欲しかった。何て愚かな独占欲。
 あの日、あの人が私の世界から失われた日、私は大変に嘆き悲しみました。何故、私ばかりがこんな目に遭わなければいけないのでしょう。
 あの晩、あの人は帰って来なくて、もしかして何かあったのでしょうか、それともこっそりと恋人でも作って、それで今日は帰りたくないのでしょうかと気を揉んだせいで寝不足になって、何で私に何も言ってくれなかったの、とひとりで怒っていました。
 翌朝、電話で病院に呼び出され、事故に遭った、とあっけらかんと笑うあの人にまた怒りました。聞けば、あの人はまず先にバイト先に連絡をいれたそうで(すいません。事故に遭ったので明日は出れそうにはありません。そう、やはり笑って言ったのでしょうね)、何で私に一番に電話をしなかったのかとまたまた怒りました。
 あの人にとって、私はそんなに軽い存在なのかと怒りました。
 あの人にとって、私はどのような存在だったのでしょうか。

 朝食を終えて、食器を洗って、いつも一緒に家を出ていたから(そういえばこれも私の希望。あの人は必要がなければ勝手に出掛ける)行って来ますは言わなかったけれど、最近は行って来ますを言うようになりました。
 家を出る前にあの人の部屋を覗いて「行って来ます」。だって、そうすれば100回に1回くらいはあの人が居て、「ん、もう出るのかい」とか言ってくれる気がしていたのです。

 あの日までは、一緒に行ける所までは一緒に行こうと歩いた道を、ひとりで歩くのもまだ淋しくて、それなのに慣れ始めてきた事がまた淋しくて。
 そういえば、出掛けに覗いたあの人の部屋の机の上に、ぽつりと置かれた鮮やかなピンクのマニキュア。そういえば、そういえば、あの人は、付けてくれた事があったかしら。

もうすぐT字路


:ごにょごにょと、言い訳:

 独占欲とか、依存とか、そういうエゴ。好意とよく似ている。やりたくないしやられたくもないけれど、多分どちらかには、どちらかにも、陥ってしまっている。

 ごめんね。

Up Date 2006.10.28 「もうすぐT字路」

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